書籍・雑誌

2017年1月18日 (水)

本:しんがり 山一證券 最後の12人

350ページもある本だが、数日で読みきれてしまうほど、この本の中にはいりこめた。

山一証券が廃業する以前から、廃業してからなぜ、廃業することになったのかを調べるために残った12人の話。正直、廃業するまでの前半は、ものすごく面白く、どんどんのめり込んでいった。廃業してから、実際はもっと大変だったろうと想像できるのだが、肝心なこの12人の苦戦の話が、山一を退職するまでがちょっと足りなかったのと、登場人物が多いのは仕方ないのだが、もう少し繋がりが欲しかった。
しかし、この本の描きたかったのは、そのあとだったのかもしれない。最後の最後まで山一に残ったせいで、再就職も遅れ、結局、この12人は転職の連続。自分として、それは幸せなのかと思うが、彼らの中の1人は幸せだといいきる。
前半の山一の内部を見る限り、けして山一がいい会社かというと、そうは見えない。もちろん大きな会社なので、大きな派閥もあったようだし。それでも、この本に登場するほとんど人たちは、山一という会社を愛している。どうして、ここまでなっても、山一を愛せるのかと思うくらい。
けして、山一という会社に対してどうこうは思わない。この本の中に書いてある人物が、このようにしてしまったのだし。
ビジネス書って成功談が多い。たしかに読んでいて、普通では発想しないようなウルトラCで成功した話は、面白いが、だんだん自慢話にしか聞こえてこない。失敗談や、ターニングポイントを細かく書いてくれるほうが、読み応えがある。
この本でも、左遷をしなければ・・・歴史にもしはないけど、そんな場面もある。

2015年5月 7日 (木)

本:仕事休んでうつ地獄に行ってきた

北海道のキー局にいた時、なんて綺麗な人なんだと思った、丸岡いずみが、鬱病になった話。大学を卒業して、北海道の女子アナを経て、東京の報道のキャスターになり、ここから想像を絶するような毎日になっていく。丸岡いずみも書いているが、この先の見えない毎日で、よく鬱にならなかったと思うくらい。

正直なところ、あまり地獄が見えてこないのは、彼女の性格もあるのでしょうか、文章からそうは見えてこない。ただ、自分も不眠症になった経験があるので、あの辛さは、わかる。しかし、なった事の無い人には、丸岡いずみの自伝にしか感じないのではないかなと思う。
しかし、この本のよいところは、精神科と言う敷居の高く、皆が隠したがる事を、こうして本に書いた事と、丸岡いずみと対談している医者も、経験していると言う事に、誰にでもなる病気だと言う事を伝えている事。それに、ストレスが原因で、胃潰瘍になったり胃がんになったり、人それぞれで、人によって鬱になって症状が出てしまうと言う事が書かれているのは、とても鬱になった人に救いがある。
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2015年2月20日 (金)

本:帝国ホテルの不思議

直木賞作家の村松友視氏の「帝国ホテル不思議」を読んだ。以前に村松友視氏の本を読んだとき、文体に慣れず、1冊の本を読むのにえらい苦労した経験があったが、この本はかなり読み易かった。

帝国ホテルの従業員にインタビューを交えながら、帝国ホテルが如何にして日本で1番のホテルであり続けているかを書いている。この本のいいところは、企業の社長が書いたビジネス書の殆どは、自分の成功談ばかり。正直なところ成功談より失敗談を知りたい。この本は、各セクションの30名のインタビューを交えているので、個々の失敗談が数多く書かれている。正直、ここまで書いてしまっていいのかと思うところもある。なにより、皇室から世界中のVIPまで利用されるホテルでも、こんなミスがあるのだと知るだけでも、勉強になる。そして、その1つ1つのクレームだたtりミスが改善されて、今の姿になっている。
正直、読んでいて思ったのが、ホテルの中のディズニーランドではないと思ったくらいである。これだけ巨大なホテルを1人1人のスタッフが横の連携をとって、指示を行い機能している。ものすごい、緊張感の中、仕事をしている。しかし、どのスタッフもその緊張感を楽しんでいる感があるも、企業風土であるでしょう。
数カ所に出てくる、帝国ホテルの社長も素晴らしい。まず、社員の考えを十分に聞いてから質問し、問題点を伝えくる。それを1つ1つつぶしていく、スタッフの努力は並大抵のものではないと思う。
もし、自分がお金が沢山あれば、帝国ホテルに泊まってみたいもんです。

2015年1月15日 (木)

本:眉山

さだまさし原作の眉山を読んだ。子供の頃から、さだまさしの曲を聞いていたせいか、文体も読みやすく1日で読み切った。

話は、主人公の娘が母親が入院先でトラブルがあり、帰郷して看病している間に、実の父親の話を軸に話が進んでいく。正直、この小説を最後まで読み切った時に???と思った。主人公が思える感情に自分がそう思えなかったから。何か読み落しているのではないかと、主要なところを読み直してもわからず、ネットで調べてみると、同じような疑問を持った人が何人かいた。もう少し、主人公に感情移入と言うか、自分が本気で好きな人がいて(この感情が、今の自分の経験や人生の中にはないのだろうと思う)、それを深く深く考えてみると、何かわかる気がした。
さだまさしは、あえてこのへんを深くは書いてないが、何故徳島に来たかも、ここで納得ができる。
主人公の父親は徳島出身だから、年に1回の阿波踊りの為に帰省するだろうと・・・。その1回を遠くで元気な姿を見る事ができればいい。東京には居れない・・・そして徳島に行く。その母親の強い気持ちがわかったからこそなんでしょう。北海道に住んでいると、まつりの為に帰省するという習慣はないけど、何かわかる気がする。
踊りなんて全く興味がなかったが、ある映像で阿波踊りを見てから、あの女性の踊りの美しさと迫力を見て、1度見て見たいと思った。そして、父に見せてあげたいと思った。

2015年1月13日 (火)

本:共喰い

苦手な芥川賞を受賞したこの「共喰い」。やはり、この芥川賞が好む、細かい文体が慣れず、あまり長い話では無いけど、かなり時間がかかってしまった。

とある、川が流れている小さな町で父親と主人公の「血筋」にまつわる話。この本、カタツムリやウナギなど、細かい何かを象徴している物が出てくるのだが、これを読み解いていくと面白いと思うが、個人的は、何を意味しているものかわからなかった。
そしてこの本の中で再三出てくる「川」の存在が、何か大きな境界としている。それが、現実と非現実(小説の中ではどちらも現実であるが)なのか、それとも、正常な世界と異常な世界なのか・・・。どの人間も、狂気をはらんでいて何か異常な感じがした。そして、人間のドロドロとした世界を・・・いや、これも普通にある世界なんでしょう。
鳥居の話や神社もこの小説には大きく関わっているので、このへんの土着の神様の話を入れこむと、何かもっとおどろしい話になったような気もする。

2014年11月23日 (日)

本:芸術新潮 天下の狩野永徳

先日、狩野派のある本を読んで、狩野派について興味を持った。狩野派と言っても、永徳よ探幽の方が技術的にも優れていると思っている。永徳、探幽、この他に山雪、山楽に松栄に元信、正信がいるけど、前者の2人に個人的には聚光院の襖絵を見てから松栄はそこそこと思っていたが、他の画家は大した画家ではなと感じていた。しかし、その松栄はあまり評価が高くないことを知った。

この本は、数年前に京都で狩野永徳展が開催された時に、特集されたもので、この展覧会を開催するにあたって、数点の永徳の真筆とされる絵が発見された記憶がある。この雑誌にもそのことが書かれている。

聚光院の永徳の作品は本当に素晴らしかった。筆に迷いがないというか・・・。永徳として、狩野派として完成されている感じがした。そのぶん、面白みにはかけていた。

正直、永徳の真筆と呼ばれるものは、すべて本物なのか?とも思う。残っている、作品があまりも少なく、残っている作品だけ見ても、ん~~~って思ってしまう。しかし、やはり、桃山文化が生んだ化物だったのでしょう。あんな、唐獅子図や、楓図屏風のような、画面全体をそれだけで構成してしまうのは、永徳が初めてだったんでしょうし。

2014年1月13日 (月)

本:明治という国家

かなり大昔に、父親に買ってあげた本で読み終わったので、何度か読み始めたものの、何度も挫折してやっと読み終えた本。
この本を読むと、司馬遼太郎ってある事情があった時に、面で捉えるのではなく、個で捉えて立体的に物事を考えるのがわかる。なので、読み方によると、とても狭い範囲で捉えてしまいそうになる。しかし、この人のすごいのは、明治という国家を、色んな側面から見ていること。あくまでも司馬遼太郎という頭脳の中の、ほんの一部を細かく説明してくれるが、その見方がほかの人が見ないような側面から読み解いて、なんでしょう・・・おおきな球の外にある小さな粒を説明できることを1つ1つ説明していって、核になる明治という国家がどのようになりたっていったかを、教えてくれる。もちろん、それはあくまでも司馬遼太郎の1つ考えかたとして。けして、この完全ではない明治という国家を、世界と並べる国にしようとした、人たちがこんなにいたと思うと、今の日本という国家はどうなのかと考えてしまう。
幕末に、優秀な人材は、かなりの人が命を落としてしまって、その残った人でこの国をつくりあげた。もし、この人たちが命を落とさなかったら、どんな国なっていたんだろうと思う。
やはり、今この時代を生きていると、今の政治家は、どれだけこの日本をいう国を、西郷や大久保のような無心で国のことを考えている人はどのくらいいるのだろうと思う。

今の日本も廃藩置県のようなことをしないとならないのかもしれない。

2013年12月12日 (木)

本:新選組顛末記

新撰組の永倉新八が小樽新聞に連載した新撰組顛末記を読んだ。

まずこの本を読んで思ったのは、本人の回想録とあって、永倉新八を近藤勇の事が多くかかれていて、土方歳三や沖田総司との関係は、あまり書かれいない。実際は、鳥羽伏見の戦いでは、土方の代理を努めたりしているので、信頼はあったのでしょう。それと、同じ神道無念流とあってか芹沢鴨についてはかなり詳細に書かれているが、伊藤甲太郎のあたりは殆ど書かれていない。
しかし、新撰組の生き残った1人が書いた事だけあって、かなりの部分ではその状況などは、想像できる(細かい部分では記憶違いなどはあるにしても)。話が淡々とすすむので、ドキュメンタリーを読んでいるような感じ。この本を読むと、司馬遼太郎の「燃えよ剣」とはかなり違う。
読んでいて面白いと思ったのが、芹沢鴨について細かく書かれている点もそうだけど、その前の清川八郎についても細かく書かれているのには興味深い。
もちろん、この本を執筆したのは新撰組についての為に書いたのだろうけど、書かれた時代までどのようにして、幕末を切り抜けて小樽に着たのか書かれてほしかった。
新撰組を映像化したドラマや映画はあるけど、この10年の間に、これは見応えがあると思った作品がないのが残念。できれば、龍馬伝を監督した大友啓史氏に映像化してほしいもんです。そんな「るろうに剣士」なんか撮ってないでいいから。

2013年11月21日 (木)

本:伝説のプラモ屋

田宮模型の田宮俊作氏の書かれた、田宮模型が如何にして現在に至ったかを細かく書かれている本。

子供の頃、零戦や戦車などを作っていたけど、B29がどんな形の飛行機だったか知ったのは、かなり大人になってから。子供の頃、プラモデルのパッケージで、色んな事を見て覚えた記憶がある。ただ、やはり子供の頃だったので、塗装とかあまり細かな部品だと作る自信がなく、たしかF1のフェラーリの部品点数を見て、大人になったら作ってみようと思った記憶がある。しかし、あるときから、田宮のプラモデルは圧倒的に、ガンプラ等に比べると、部品点数が少なくなってしまい、作る楽しみが無くなってしまい、作らなくなってしまった。この事は、この本に書かれているが、田宮俊作氏は部品点数を少なくするような事が書かれていた。個人的は、子供がだんだん難しいプラモデルに挑戦して行くと言う楽しみがあったけどなと思う。高校入学の時に7000円くらいしたF14Aトムキャットを買ってもらってけど、部品点数が少なくて、とても残念だった。
それでも、子供の頃の田宮のプラモデルのクオリティの高さは、この本に細かく書かれているけど、模型好きが集まった会社であるから、これだけの品質のよう物が作られていたんだとわかる。会社と言うのは、こうではないとと思う。
そして、模型を通じて広がっていく人脈。好きな趣味の事なので、繋がり方が深い。
できれば、もう少し時間軸をもっと鮮明にして、その当時どのような模型や時代背景があったかわかるとよかったかな。なんか、どのへんで急に田宮模型が大きくなっていったのか、ちょっとわからなかった。少なくても、自分の子供の頃は、プラモデルと言えば田宮だった。

2013年8月26日 (月)

本:零戦 その誕生と栄光の記録

本屋に行ったら、堀越二郎の本があったので購入してみた。雑誌で、大学で堀越二郎の講義を聞いた人が、講義で零戦の開発については一切触れない人で、著書にサインを求めたところ気さくにサインしてくれたと言っていた。

この手の開発秘話の本となると、どうしても専門用語が多くなり、話の半分も理解できないで読み終えてしまう事が多いが、この本は、かなり解り易く書いてある。と言うか、ここまで解り易く書いてあると、その設計開発が身近に感じてしまう。もちろん、飛行機の構造を知らないとわからないところもたくさんある。そして、この人は小説家でも成功したのではないかと思えるくらい、文体が読み易く、一気に読めてしまう。
少なくても、映画「風たちぬ」のような人間ではなく、やはり技術者だったんだとよくわかる。
戦後、25年たって書かれた本だが、今でも非難のまとの防弾燃料タンク、防弾板、防弾ガラス、自動消化装置とパイロットの安全性について言われている。この事に関して海軍の仕様になかったと堀越二郎の説明が書かれている。配備されて、向かうとこ敵無しの零戦も、ラバウルのあたりから、熟練パイロットがどんどん亡くなっていってしまった。それに、開発期間も、アメリカに比べて長く、改良しかできなかったなど、誰の責任と言い切れないと思う。
そして、彼も戦争被害者であったのがわかる。もの凄く、苦悩したんだと思う。
零戦は最後には神風特攻隊に使われた。約4000人の人間が特攻していった。戦艦大和もある意味特攻で3000人の人間がなくなった。あまりにも神風特攻隊が・・・なんて書いたらいいんだろう・・・。けど、陸軍も玉砕と言う恐ろしい事をやっている。
神風特攻隊の創設者と言われている大西瀧治郎氏だが、ウィキペディアなんかで調べると、そうゆう意見もあったが、その時期ではないと反対をしていたとある。結局、彼は終戦の次の日自決してしまう。
爆弾抱えて特攻して、戦果のあったのも最初だけだったらしい。なんで、特攻しか思いつかないのだろうと。あれだけ素晴らしい戦闘機を開発する能力があるのならとも思うし。
堀越二郎は、亡くなるまで苦悩したと思う。
追記
書くのを忘れたので追記。堀越さんの本を読んでいて思ったのが、この三菱と言う会社が素晴らしいと思った。そして上司にしても社員にしても会社にしても恵まれていたんだなと思う。そして、海軍の人達も。
なにか、戦争当時の本を読んでいる気がしなかった。

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