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2016年6月

2016年6月28日 (火)

米坂ヒデノリ氏死去

釧路芸術会館の写真展を見終わったあと、出ようとすると一角に彫刻の作品が置かれていた。よく見ると、米坂ヒデノリ氏の初期の作品だと思われる2点展示されていた。作品横に、4月1日に亡くなったことが書かれていた。

私が子供のころ、何度かお会いしたことがあり、札幌丸井での個展の時も顔を出し、打ち上げにも呼んで頂いた。他にも、米坂ヒデノリ氏のオーケストラシリーズの鋳造をふけるところを探して小樽の木下合金にも一緒についていった思い出がある。子供がいなかたこともあり、とても可愛がって頂いた。
初期の暗く重い作品が子供のころ、とても怖かった。
最高裁判所のレリーフを製作するくらい新進気鋭の彫刻家だった。その後、釧路で作家活動を行い、栗山で長いあいだ製作を続けていたようだが晩年はまた釧路に戻られて活動されいたようだ。
とても穏やかで、品があり子供のころに自分にとっては、とても強い思い出に残っている。

美)写真文化首都「写真の町」東川町コレクション展 写真のフロンティア ヒューマニズムの視座から

釧路に行ったので、何か展覧会をやっていないかと探してみたら、釧路芸術会館で東川町所蔵の写真展が行われていたので、寄ってみた。

東川町が写真の町として全国的に有名になって数十年がたち、東川町国際写真フェスティバルや写真甲子園などが有名。写真家にとってこの東川町の賞がどのくらいの権威があるのかは、ちょっとわからないが、著名な写真家も応募している。
勉強不足もあって、海外の写真家はほとんどわからなず。国内の写真家も、半分以下しかわかならい。それでも、かなり著名な写真家の作品もかなりあり、面白かった。こうしてみていると、写真家は1つ大きなテーマにそって写真というものにして残すことによって、賞を受賞するのだと感じる。ただただ美しい風景にしても、テーマがないと・・・という感じでしょうか。
奈良原一高のヴェネツアの光という作品の広角レンズで撮った作品は、この面白い構図の中に、いろんな人間模様が感じとれる。スナップ写真といえばそれまでだけど、こうゆう作品を見ると、何十分でも見て入られる。
深瀬昌久という人の作品も強烈だった。「生」とは「死」とは何かと問いかけてくるようにも思えた。自分を中心に、父とか子供とは、そして、自分と父とのあり方を、写真を通して見せてくれた。
植田正治のライフワークと言える砂丘シリーズですが、この展覧会で1986年の作品があり、本当に生涯かけて撮影したのを知った。
石内都って東京都写真美術館で自分の母親が亡くなったあとの遺品など撮影した写真展を見て、衝撃を受けそして自分の中で石内都という名前を強く印象つけた。この人の作品も人間の「生」と「死」を感じさせてくれる重い写真。
やまぎわの作品もあった。この人の作品もインパクトがある。何かよくわからないけど、圧倒的な色と表現力に引き込まれていく。
シャッターを1枚切るということに、どれだけの思想や哲学、そして準備や感性が必要なのかということを感じさせられる。絵や彫刻より、写真は、見る側にしてみると、理解しやすいし、感じやすいと思う。しかし、道内で、写真展というのはあまりにも少ないし、1作家に限ってしまうより、いろんな作家の写真を観れることのほうが、いいと感じる。
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