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2012年12月

2012年12月31日 (月)

大晦日

2012年ももう少しで終わる。なんにも、結果を出せなかった1年だった。それでも、昨年、亡くなった上司の持っていた取引先の人から、可愛がってもらったことが仕事では一番の記憶。とても迷惑をかけたけど、それでも感謝の言葉を言われると、全面的に頑張ろうと思う。その反対な会社ももちろんあるけど。

プライベートでは、今年は、仕事が忙しくって旅行らしい旅行も行けなかったけど、出張ついでに大阪、京都、松阪、伊勢に行けたことでしょうか。京都は、4年ぶり。大好きだった上司が、この年に癌がわかっていたらと思う。そう思いながらの京都。それを考えると、その一瞬一瞬が、とても大切で、そのときしておかないと後悔するということでしょう。そう考えると、こんな年齢になって何もできていない自分がとても情けない。情けなくって、本当に自分が嫌いになる。

まだ、こんな年齢になっても自分の存在価値がわからない。生きている意味ってなんだろう。そして、これから何ができるんだろうと思う。

大晦日

2012年12月30日 (日)

映画:エクソシスト ディレクターカット版

昨年、買ったこの映画。怖かったんで、見ないでいたけど、年忘れ映画と思って、見てみた。
この映画、これだけCGが当たり前に使われるようになっている時代で、古い映画を見ると、とっても陳腐にみえてしまうけど、この映画は、当時の技術を屈指しているのだろうけど、今見ても全く古さを感じない。とても完成されている。脚本がしっかりしているせいもあって、ただのオカルトで終わってない。
そして何より、この映画の主役のリンダブレアの演技が素晴らしい。もちろん、特殊メイクと音響の効果もあるにしても、それでもこれだけの演技ができる子役は少ないでしょう。
何度見ても、メリン神父がタクシーでリーガンの家に到着するシーンは映画史に残るシーンです。あの霧の中に、立ちすくむメリン神父。そして、リーガンの対決を覚悟するワンシーン。

公開当時の映画に比べてなぜか、結末にいっきに持っていった感じがしてしまった。たぶん、記憶違いもあると思うけど、メリン神父がでてからが短い。全体的に長くなってしまった分、そう感じてしまったのかな。
そして、今見ると、もう少し宗教かかった映画かと思っていたけど、そうでもなかったのね。伏線の貼り方など、ちょっと弱い感じもするけど、面白い。そして、前半のメリン神父の発掘の意味が、やっとわかった。もう少しわかるようにしてくれればいいのに。
結局、この映画は、悪魔が勝ったという悲惨な結末でもある。しかし、リーガンから悪魔が出て行ったということで、ハッピーエンドにも感じるけど。

2012年12月28日 (金)

献血

先日、赤十字センターから血液が不足しているというので、久しぶりに御用納め、会社が早く終わったので、献血に行ってきた。ここ最近、まったくいいこともないのでと思って行ってみたけど・・・。問診票に、献血の動機みたいのが書いてあって、いいことないからとは書かれてなくってよかった。それにしても久しぶりの献血は、ひどく痛かった。今回で、20回。昔は、10回くらいでバッチをもらったような気がする。

オレンジジュースと、歯磨き粉をもらった。

献血

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2012年12月22日 (土)

渡辺美里の曲

久しぶりに、渡辺美里の曲を聞いてみたら、 I Wish と言う曲があった。学生の頃、大好きで、ライブも何度も行ったし、アルバムも何枚も持っている。この曲がでた頃、すっかり聞かなくなっていた。この曲に「昭和」と言う歌詞がでてくる。
昭和と文字に、凄い重みを感じた。

江戸、明治、大正、昭和の時代程、もの凄い程、今までの価値観などが一辺した頃はないんじゃないかと思うくらい、凄まじい時代だったと思う。ちょんまげをして刀を持って歩いていた時代から、わずか数十年で、戦艦を浮かべて戦争になって、天皇と言う神のような存在が、象徴天皇になってしまう。

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2012年12月21日 (金)

中村勘三郎さん・・・

歌舞伎を庶民のものにしようと尽力された中村勘三郎さんが亡くなった。こんな自分も、勘三郎よ玉三郎という巨人を見て、一度でいいから歌舞伎を見てみたいと思ったくらい。いい人ほど、早く亡くなってしまう。きっと、他人に対して、人一倍気配りをして、そして自分を痛めつけてしまうから、どこかで壊れていってしまうんだろうな。
その中村勘三郎さんの葬儀で、演出家の野田秀樹さんが、人の死について、そうだんだと思うことを述べていた。

「残された僕たちは、これから長い時間をかけて、君の死を、中村勘三郎の死を、超えていかなくてはいけない。  いつだってそうだ。生き残った者は死者を超えていく。そのことで生き続ける。分かってはいる。けれども、今の僕にそれが出来るだろうか。」

そうなんだよ。人の死を乗り越えて行かなくてはならい。けどね、野田さんの言ってる「今の僕にそれが出来るだろうか。」ということ。それだけ、野田さんい愛されたんだと思う。今、乗り越えられないと思える人が何人いるだろうか?そして、それを乗り越えることができるのだろうか。それでも、何があっても乗り越えていかないとならない。人間は、悲しみが大きいほど、大きくなれるんだろうと思う。けど、そこまで自分が人間として乗り越えられるだけ大きくなっているのだろうかと考えさせられる。

2012年12月17日 (月)

選挙

終ってみれば、自民党の圧勝。しかし、民主党がここまで議席を減らして、自民党がここまでの議席数を増やすとは、どこまで予想された事なんだろう。今回の選挙、自民党のマニフェストなんか、どうでもよくって、ただ民主党以外に入れると言うだけのような気がする。

これから、憲法改正も行われていくだろうし、日中、日韓とこのアジア地域で、以前の日ソのような緊張が生まれていく事になるんでしょう。もし戦争になっても、この選挙で皆が選んだのだから、それも納得せざるえない。戦争に行った人が80歳になっていると今朝のニュースで言っていた。それだけ戦争が薄れてきているんだろうなとも思う。自分が子供の頃、広島長崎の原爆の生々しい8mmを見せられた。今の世の中では、見せる事もないでしょう。
けして自民党がとか民主党がとかは思わないけど、これからの日本はどうなっていくのだろう・・・。

2012年12月10日 (月)

最後の将軍 徳川慶喜

この小説は、余りにも面白く1行1行がとても深い小説。そのせいか、読むときは一気に読めるが、仕事とか忙しくって頭が回らなくなると、読みたくなくなって、何度も挫折してしまった。

司馬遼太郎がこの徳川慶喜について書かれた本だが、どこまで真実なのかは別にして、この明治維新の最大の功労者である徳川慶喜が何故、大政奉還をしたか、そして大阪城から逃げ出したのか、とても納得できる小説になっている。これまで幕末の本を何冊か読んだが、新撰組の本を読んでも、それは客観的な話でしかなく、そこであった事情と言うのは見えてはこない。
やはりこの水戸に生まれたと言うのがどれだけ深いのか、わかないようで、よくわかる。先日の韓国大統領の天皇謝罪と言う発言だけ見ても、この現代の教育において、天皇については憲法で象徴でしか教育を受けてないが、これだけ反韓感情が生まれてしまう。そう考えてみると、慶喜が、子供からの教育によって朝敵になるのをどれだけ恐れたがよくわかる。
この革命時に、幕府についてもたないとわかっていて、将軍になる。これをどのようにして、歴史を動かしていくかと策をねる。
大阪城から逃げ出すとき、容保と定敬を人質のような形で連れ出した事になっているが、本当は、もう少し深い意味があるような気もするが、今になってもわからない事なのでしょう。
こうして読んでみると、明治維新と言う革命は、なるようにしてなったとしか思えない。こんな偶然が1つ1つ重なって、革命は起きてしまう。

慶喜が、長州は敵ではく無邪気だった。薩摩だけは、死ぬまで許さなかったような事が書かれていた。それは、明治維新が今でも続いているのは、東北新幹線や、砺波藩を見ればわかる事。そして、歴代総理が、どれだけ東北から出ているかも。

この本を読んでしまうと、やはり松平容保と、篤姫の事が気になってしまう。そして、歴史は、大久保利道と岩倉具視と言う人物はどのように評価されているんだろう。少なくても、今の教育では、慶喜より大久保利道と岩倉具視と言う人物のほうが、してきた事が正しいと教わったような気がする。これも明治革命なのか。

2012年12月 2日 (日)

テレビ:情熱大陸 佐草一優

久しぶりに情熱大陸で、いい放送を見た。今回の佐草一優という人の人柄かもしれないけど、とてもよかった。獣医ということで、よくテレビに出る人のほうだと思ったら、全然知らない人だった。
命の重さを教えてくれたような気がする。どんなに小さい命でも、どうにかして最善を尽くして救ってあげたいという気持ち。報酬より、動物の身になって、全力をつくしているのがよくわかる。何より、交通事故で怪我をしたたぬきを保護したり、害鳥と言われるカラスまで保護をする。野生のものだから、手を触れないでという考えかたもあるが、手を差し伸べたことで、命が助かる可能性が広がれば見て見ぬふりすることより大切なこと。助けてあげたいと思ったら、助けてあげようと・・・。何か、今の世の中で忘れている何かを感じる。世の中の害鳥や猛獣は人間が決めた線引きというのは、よくわる。熊の駆除もそうだろうと思う。保護して、山の奥に放してあげればと毎回思う。
最後に、生まれてすぐに保護された狸を自然に返そうとするが、断念する。檻を出ようとしない狸を1時間も待って、最後には、あきらめる。普通なら、無理でも、檻から出して、自然に返そうとすると思うけど、狸のことを考えた結果なんでしょう・・・。小さい檻の中で、一生生活させるが、この狸にとって幸せなのか、それとも自活できるかわからない、自然界で無理してでもリリースするのか?とても、辛い決断だろうと思う。
日々こんな重い、苦悩と戦いながら、動物と人間とつきっていってるんだと思うと、ちょっと涙がでてくる。

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